週末まったりアートプロジェクト (SMAP)

30代社会人が、プロジェクトとして週末のアート活動を充実させる記録。絵画教室、アートイベント、美術館などの展示、おすすめの本などの情報を紹介します。日々の活動を報告していきます。

週末まったりアートプロジェクト

フェミニズムとアート、そして自由。長島有里枝さんのインタビュー

- 本当の自由ってなんだろう?

ツイッターでたまたま見つけて読んでみたインタビュー。私は写真は詳しくないので、初めて聞くお名前でした。東京都写真美術館であと2日だけ展示されているそうです。このインタビューを読んで、私が考えたことを書いてみます。

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- 社会人になってからの私の「自由」

私は高校のころからずっと、「心が自由であること」が一番大事なことだと信じて生きてきたつもりでした。他の人と私が違うことが悪いことではなくむしろ個性というポジティブなものとされるアート制作は私にとって聖域でしたし、そういう意味で何ものからも逃れられる、自由を実感できる時間でした。

ただ、就職して社会人になってからというもの、だんだんと自分のこの価値観に違和感を持つようになりました。アート制作も、あのころのようにいかないのはなぜだろう?と自問自答をするようになっていました。

それは、高校時代に私が「囚われている」と思っていたものから既に私が自由であるにも関わらず、実は既にもっと大きなものから逃れられずにいて、そのことに絶望しているような感覚。この不快感にずっともやもやとした思いを持っていました。

 長島さんはこう言っています。

自由にはなれないの。だから自分は自由なわけじゃないんだっていうことを知った上で作るのがいいと思うんです。(インタビュー3/3より)

私にとって自由な生き方の象徴であるアーティストからこんな言葉を聞くことは、ある意味大きな衝撃でした。でも、言われてみればそうなんです。世の中自由じゃないし、友人たちも私も、連日連日嫌な目に遭っている。心の自由だって、世の中に制限されてしまう。女性と自由をつなげようとすれば、必然的に「フェミニズム」にしかならないのだなと改めて感じました。

- アートとフェミニズムはなぜ一緒に出てくるのか

「アートとフェミニズム」のキーワードには私はわりとすぐ反応しますが、辛くなってしまうことが多いです。フェミニズムは闘いです。闘わずに気楽に生きていたい。でも、もはや自由のためには闘わなければいけないのかなと思います。でも、疲れちゃうのです。かつてはアートで解放されて息ができるようになっていたのに、今は天井の存在を意識すると息が詰まってしまう。私が自由になる過程って、闘いだったのかな。悶々とします。

また、 フェミニズムに関して、長島さんはこう言っています。

自分の作品にとっては、制作の「成果」として展示される作品そのものと同じぐらい、その制作過程や背景にどのようなことがあるのかということが重要だと思っています。「表象」のレベルに到達した作品っていうのは、ひとつの側面でしかないと思っているというか。その裏にあるものにこだわるのは、おそらく女性の仕事のありかたがまさにそのような「表象に値しない」あるいは「そのレベルに到達しない」ものだと見なされて無視されてきたことと、大きな関係があります。 (インタビュー3/3より)

 これまで私は、作品の横に長々と書かれている解説とか、詩っぽいものとかに「なんで?」と思っていました。絵なら絵で、彫刻なら彫刻でいいんじゃない?と。自分の作品を説明することが大事というのはよく聞きますが、よくわかっていませんでした。でも長島さんのこの言葉で、見えないものを存在しないことにする態度こそ、本質を無視しているのだということに気付いてショックを受けました。

- じっくりと本質を味わう。

私は「情報収集」のために「スキャン読み」をしていることが多いなぁと感じてはいたのですが、それをいい加減にやめたいなぁと今回このインタビューを読んで改めて感じました。日常の中で、表層的なものだけを見て終わるのではなくて、立ち止まってその本質までをじっくりと感じ取りたい。情報過多の世の中で、それも一つの自由の形であるのかもしれません。